横浜地方裁判所 平成元年(ワ)1450号 判決 1992年3月27日
主文
一 原告が被告座間キリスト教会の信徒の地位にあることの確認を求める訴を却下する。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 原告と被告座間キリスト教会との間において、原告が被告座間キリスト教会の信徒の地位にあることを確認する。
2 被告らは、原告に対し、連帯して金二〇〇万円及びこれに対する平成元年七月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 被告大川従道は、原告に対し、金三〇〇万円及びこれに対する平成元年七月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
4 被告大川従道は、別紙謝罪広告目録記載の謝罪文を座間キリスト教会所属信徒全員に配布せよ。
5 訴訟費用は、被告らの負担とする。
6 第2、3項につき仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
(本案前の答弁)
主文第一項同旨
(本案に対する答弁)
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
(一) 被告座間キリスト教会(被告教会)は、昭和五八年二月八日、宗教法人法の規定により登記手続を了して法人格を取得した宗教法人である。
(二) 被告大川従道(被告大川)は、被告教会設立以降、現在まで被告教会の代表役員の地位にある者である。
(三) 原告は、昭和四一年洗礼を受け、昭和五九年八月、被告教会の責任役員及び代表役員により構成される「座間キリスト教会役員会」(役員会)の承認を受けて教会員名簿に登録された被告教会の信徒である。
2 離籍通知の無効確認及び離籍通知による不法行為
(一) 被告教会は、昭和六一年六月一五日開催の役員会における原告を被告教会から離籍するとの決定に基づき、原告に対し、昭和六二年一月三一日到達の書面により、原告を被告教会から離籍した旨の通知(本件離籍通知)を行った。
(二) 原告に対する離籍の決定は、その根拠がないばかりか、手続的にも違法、かつ、無効である。
(三) 本件離籍通知は、原告の自己の所属教会を選択する自由及び被告教会において平穏に信徒としての宗教生活又は宗教的活動を送る権利、自由を侵害する。
(四) 被告大川は、被告教会の代表役員として、役員会に所属信徒を離籍する権限がなく、また、原告には離籍の対象となる非行がないことを熟知しながら、昭和六一年六月一五日、役員会において、原告の離籍を提案し、責任役員らを右提案に賛成させて原告の離籍を決定させた。
(五) 本件離籍通知は、原告が被告教会所属の一信徒として築き上げた宗教生活を全面的に否定するものである。原告は、これにより多大な精神的苦痛を被り、これを慰謝するには、金二〇〇万円が相当である。
3 被告大川の礼拝中の言動による名誉毀損
(一) 被告大川の礼拝中の言動(本件各演説)
(1) 被告大川は、昭和六一年六月一五日午前七時ころ、被告教会定例の第一礼拝において、信徒約一〇〇名の面前で、別紙演説目録(一)記載の言辞の挿入された演説(第一演説)をした。
(2) また、被告大川は、同日午前九時ころ、同第二礼拝において、信徒約二〇〇名の面前で、同目録(二)記載の言辞が挿入された演説(第二演説)をした。
(3) さらに、被告大川は、同日午前一一時ころ、同第三礼拝において、信徒約二〇〇名の面前で、同目録(三)記載の言辞が挿入された演説(第三演説)をし、祈祷の中にも同目録(四)記載の言葉(第四演説)を挿入した。
(二) 本件各演説は、原告が、被告教会の信徒に関し、一般信徒には考えられない内容の中傷・誹謗を記載した文書を作成し、これを配布したという事実を摘示したうえ、サタンの比喩及び「原告のための祈りが必要である」等の言を用いて、原告が被告教会を撹乱させる信徒として不適切な人物であることを一般信徒に印象付けたもので、原告の社会的評価を著しく低下させる内容のものである。
(三) 損害
原告は、本件演説により、数週間睡眠できない程の精神的苦痛を受けたほか、本件演説の後、被告教会の信徒であった原告の妻花子及び長女春子は被告教会の礼拝及び祈祷会に出席することが事実上不可能になり、三女夏子は被告教会の日曜学校に事実上通学できない状態になり、夫及び父親として精神的苦痛を受けた。
本件演説により原告が受けた精神的苦痛を慰謝するには、金三〇〇万円が相当である。
(四) 本件演説による原告の被告教会所属信徒としての名誉の失墜を回復するためには、被告大川から被告教会所属の信徒に対して、別紙謝罪広告目録記載の謝罪文の配布を命じることが必要不可欠である。
4 よって、原告は、
(一) 原告と被告教会との間において、原告が被告教会の信徒の地位にあることの確認、
(二) 被告らに対し、不法行為に基づき、各自金二〇〇万円及びこれに対する不法行為の後である平成元年七月一四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払、
(三) 被告大川に対し、不法行為に基づき、金三〇〇万円及び不法行為の後である平成元年七月一四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払並びに名誉回復の適当なる処分として別紙謝罪広告目録記載の謝罪文を被告教会の所属信徒全員に配布すること
をそれぞれ求める。
二 本案前の答弁
1 宗教団体の構成員の加入、除名等の決定は宗教団体の独立的自律権に属する事項で、全面的に裁判所の審判権が排除され、また、被告教会の信徒の地位は純然たる宗教上の地位であって、これに関する争訟は、「法律上の争訟」(裁判所法三条)に当たらない。
2 特に、宗教団体内部の規律に関することは、憲法二〇条、宗教法人法一条二項が信教の自由を保証し、宗教法人法八五条が裁判所の宗教上の人事への干渉を禁止している趣旨から、原則として当該宗教団体の裁量に属する事項として司法審査の対象にならず、当該宗教団体の内部規律に関する行為がその対象となる者の生活の基盤を覆すなど、市民法上の地位に法的影響を及ぼすときに限り、司法審査の対象となるというべきである。
原告には、本件離籍通知によって経済的に生活の基盤が覆される等の市民的権利の侵害は発生せず、原告の被告教会に対する信徒の地位確認請求は、裁判所法三条にいう「法律上の争訟」に当たらない。
3 仮に、信徒の地位確認請求が法律上の争訟に該当するとしても、被告教会は宗教団体として「特殊な部分社会」に該当し、その信徒の地位に関する紛争は、一般市民法秩序と直接の関係を有しない内部的問題として、被告教会の自律的な判断に委ねられるべきであり、司法審査の対象にはならない。
三 本案前の答弁に対する原告の反論
被告教会は宗教法人法に基づいて設立された宗教法人であり、被告教会の信徒の地位は、宗教法人法及び同法に基づき制定された宗教法人座間キリスト教会規則(本件規則)により認められた、被告教会の組織運営及び財産形成に関与する地位であって、単なる宗教上の地位ではなく、法律上の地位に該当する。すなわち、
1 宗教法人法は、①宗教法人の財産処分、被包括関係の設定又は廃止に係る規則の変更、合併、解散等の場合に一定の事項を信徒その他の利害関係人に公告すべきこと(同法二三条、二六条二項、三四条一項、三五条三項、四四条二項)、②右公告がないときは一定の財産処分行為を無効とすること、③解散の場合には宗教法人は「信徒その他の利害関係人」に意見を求め、意見が述べられたときは、その意見を考慮して解散の手続を進めるかどうか再検討すべきこと等を規定し、本件規則も、一定の重要な財産の処分等については総会及び責任役員会の議決を経て信徒その他の利害関係人に公告すること(三一条)、被告教会の規則を変更しようとするときには、一定の場合において信徒の三分の二以上の賛成を必要とする(三九条二項)ことを規定している。
2 また、本件規則は、①被告教会の代表役員以外の責任役員とその代務者、仮責任役員及び監事の各選出につき、信徒が被選資格を有すること(同規則六条、一〇条、一一条、一三条、一八条)、②責任役員が責任役員会を組織して、予算の編成、決算の証人、歳計剰余金の処理等の事務を決定すること(九条)、③代議員によって構成される教会総会が、予算の決議、決算の承認、財産の管理と処分等、規則の変更、合併又は解散、法人の事業計画やその他重要事項を決議すること(二六条)を規定している。
四 請求原因に対する認否
1 請求原因1の(一)ないし(三)の事実は、認める。
2(一) 同2(一)の事実は、認める。
(二) 同2の(二)から(五)までの事実は、否認する。
3(一)(1) 同3(一)の(1)及び(2)の事実は、認める。
被告大川は、「私は兄弟のために祈りが必要だと思う。」との言葉の後、「同じように私のためにも祈りが必要だと思う。」と続けている。
(2) (一)の(3)のうち、被告大川が祈祷の際、同目録(四)記載の言辞を挿入したことは認め、その余は争う。
(二) (二)は争う。
原告は、被告教会の主任牧師である被告大川を非難、攻撃する文書を執拗に作成、配布し、本件演説以後も右言動を改めず、原告の社会的評価は、原告自身の一連の行動によって既に低下しており、被告大川の本件演説により特に低下したという事情はなかった。
(三) (三)、(四)は争う。
五 抗弁
1 離籍通知の無効確認及び離籍通知による不法行為
(一)(1) 役員会は、本件規則一九条に基づき被告教会への信徒の所属を承認する権限を有する機関であり、離籍について明文の規定がなくとも、条理上、信徒の離籍を決定する権限を有する。
(2) 本件離籍通知は宗教団体である被告教会が宗教上の理由により行ったもので、宗教団体の自治の領域内の事柄に属し、裁判所は、判断に当たり、その有効であることを前提としなければならない。
(二) 本件離籍通知は、次のとおり、原告が被告教会の宗教的秩序を乱したという、宗教上の理由に基づく。
(1) 牧師に対する中傷・非難
原告は、昭和六一年四月一九日、被告大川に対し、「カリスマ的団体との交流を断つ誓約書を教団となし、それに違反した牧師をどうして信じろというのですか。」と発言し(発言(1))、会話の内容を記載した「収録『除名警告』」と題する文書を被告教会の信徒に配布した。
原告は、同年五月一七日、被告大川との間で、次の各発言(発言(2))をし、その内容を記載した「除籍勧告」と題する書面を被告教会の信徒に配布した。
① 大川 分かりました。
原告 OK
大川 何です。その言い方?
原告 牧師から覚えたのです。
現実に牧師と信徒の関係でないでしょう。
② 原告 できる限り二人でない方がよい。場合によって取っ組み合いになるかも?
大川 いやな事です。
原告 でも主張を延長していけばそういう結論になって行く、分かりますか?
③ 原告 宗教法人法を基準としたのです。牧師は宗教界の話が通じない。
④ 原告 牧師は信じ込んでやっている。でも軸が間違っていたら、私の言っている意味が分かると思いますよ。
⑤ 原告 大川牧師は自分に権威があると言っていますが間違いです。その権威何ですか。
⑥ 原告 それで教理が違うのはどういう事ですか。教理の違いで私を排除するのでしょう。
大川 教理じゃない大体あなたと同じでしょう。
原告 郷里は大体同じ日本です。関東かな?
原告の右発言は、信徒が牧師に対してなすものとしては許容しがたいうえ、これらの会話を録音、公表するという行為は、被告教会の宗教上の秩序を乱すものである。
(2) 月定献金の停止
原告は、被告教会に対し、昭和五九年六月から昭和六〇年二月まで月額金五〇〇〇円、同年三月から八月まで月額金一万円の月定献金を行っていたが、同年九月以降、これを停止した。
プロテスタント教会においては、教会維持のために、各教会員から毎月一定額(被告教会では平均一万円強である。)の献金がされることが必要不可欠であり、月定献金は教会員が果たすべき最も基本的な宗教的義務であり、原告は、これを怠った。
(3) 他の信徒の行動を中傷する文書の配布
原告は、昭和六一年六月一〇日、「M姉妹が受けた強制献金の概要」と題する文書(強制献金文書)を作成し、信徒及び他の教会の牧師に配布した。
右文書には、被告教会の古くからの熱心な信徒であるK姉が、他の信徒であるM姉の預金通帳を勝手に見て、被告教会への献金を強制したうえ、なかなか献金しようとしないM姉を「ボケちゃいないね!」と非難したという内容が記載されており、また、「K宅で朝食をした。氷った豆腐を覚えてる。」との記載もあった。
これは、被告教会の信徒であるK姉を中傷し、同女の心を著しく傷つけるもので、被告教会としては到底許容できない行為である。
(4) 被告教会役員らを題材とする狂歌作成、配布
原告は、昭和六〇年一〇月ころから、被告教会役員らを題材とした狂歌を掲載した「聖徒解迷簿」、「くうたら家族長」と題する文書を教会内の教会員個人用ポストに投函する等して配布した。
右文書の配布は、被告教会役員らを困惑させ、不快感を与える。
(5) 教理に関する文書の配布
原告は、昭和六一年二月八日、「著者ゴットホルド・ベシックの御心にかなう祈りの部分から四ページ複写した文書」なる文書(教理文書)を教会関係者に配布した。右文書中には、「聖書的説教をする人が実は異言で神をのろっている。」という部分がある。
原告は、被告教会の宗教的活動の根幹に関わる教理文書を牧師に相談なく配布し、その内容も、被告教会の主任牧師である被告大川を非難する趣旨のもので、教理文書の作成及び配布は、被告教会としては、到底許容できない行為である。
(二) 本件離籍通知の手続
被告教会は、原告に対し、次のとおり離籍されうることを告げて弁明の機会を与えており、原告の離籍につき、著しい手続的違法はない。
(1) 被告大川は、昭和六一年四月一九日、原告に対し、教理文書の配布と月定献金停止につき注意するとともに、月定献金停止を続ければ、被告教会が原告を離籍する可能性もあると警告した。
(2) 役員会は、同年五月七日、原告の離籍を検討したが、責任役員一名が反対したため、再度、被告大川が原告を説得することになった。そこで、被告大川は、同月一七日、原告に月定献金を再開するよう説得し、これ以上献金停止を続けるなら、原告を被告教会から離籍する旨告知した。
(3) 昭和六一年六月一五日、被告教会責任役員七名(被告大川、三畑義雄、青木力、佐伯陸三、安藤せい、三畑元、吉永輝次)は、教会監事(富田祐正、須藤武夫)及び教会役員(新武琴子、中谷行雄)の参加の下で役員会を開催し、全員一致で原告の離籍を決定した。
2 被告大川の名誉毀損について
(一) 被告大川は、先に原告が強制献金文書の作成、配布によってK姉を非難したことに対し、牧師の立場から熱心な信徒であるK姉の名誉、正当な利益を擁護するために本件各演説を行った。
本件各演説は、反論として必要な範囲を逸脱しておらず、正当な言論の応酬として、違法性を欠く。
(二) 被告大川が、本件演説中で原告の実名を挙げ、「サタン」の比喩を用いたことは、説教、祈祷として、社会的に容認される限度のものであり、違法性はない。
六 抗弁に対する認否
1(一)(1) 抗弁1(一)(1)は、争う。
本件規則には、信徒の離籍に関する規定も、役員会が離籍を決定することができる旨の規定もなく、役員会には、信徒の離籍を決定する権限がない。
(2) 同(2)は争う。
信徒が寄付や企業への貸付金の焦げ付き等の教会財務に関する事項について、牧師と異なる意見を表明することは、離籍の理由とはなりえない。
本件離籍通知は、信仰対象の価値や宗教上の教義の解釈等、宗教上の理由とは関係なく、原告が被告教会の財政運営に関する問題を追及したことを理由とする。
(二)(1) 同(二)(1)のうち、原告が被告主張の各文書を作成して信徒らに配布したことは認め、その余は争う。
(2) 同(2)のうち、昭和六〇年九月分以降、原告が月定献金を停止したことは認め、その余は争う。
月定献金は信徒が自らの宗教心に基づいて行うもので、義務ではなく、月定献金を停止したことは、離籍の理由にはなりえない。
(3) 同(3)のうち、昭和六一年六月一〇日、原告が強制献金文書を作成し、配布したことは認め、その余は争う。
(4) 同(4)のうち、原告が「聖徒解迷簿」、「くうたら家族長」と題する文書を作成し、配布したことは認め、その余は争う。
(5) 同(5)のうち、昭和六一年二月八日、原告が教理文書を作成し、配布したことは認め、その余は争う。
2 抗弁2は争う。
(一) 原告は、近所の信徒二名及び原告の母教会の牧師である新井某に対し、強制献金文書を配布したに過ぎず、被告大川が、全信徒が集まる日曜礼拝において、原告を非難することは、正当な言論の応酬の範囲を超える。
(二) 牧師が、信徒だけでなく家族の実名を挙げたうえ、サタンの比喩を用いることは、通常の説教の範囲を超える。
第三 証拠<省略>
理由
第一 本案前の主張について
一 裁判所が審理、判断することができるのは、当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって、かつ、それが法令の適用によって終局的に解決することができるものに限られる。
請求原因1の事実は当事者間に争いがなく、右事実に<書証番号略>並びに被告大川従道本人尋問の結果を総合すれば、被告教会は、宗教法人法に基づく宗教法人であること、本件離籍通知当時、原告は被告教会の信徒であったが、本件規則により宗教法人の責任役員その他の機関の地位にはなかったこと、本件規則によれば、被告教会において、信徒(規則中では「信者」とも呼ばれる。)とは、被告教会の教義を信仰し、洗礼を受けた者で役員会の承認を受けたものをいい、信徒は教会員名簿に登録されることが認められる。
右のような、本件規則の下における信徒の地位は宗教上の地位に当たると評する外なく、その地位の得喪は、さらに当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関するものということはできない。もっとも、信徒の地位という宗教上の地位の得喪に伴って、当該信徒の法律上の地位や経済的利益の得喪が生じる場合には、具体的権利義務に関する紛争として、一定の範囲で裁判所が審理、判断することができるものと解するのが相当である。
これを本件について見ると、離籍の決定がされた当時、原告は被告教会の信徒であったものの、被告教会の責任役員その他の地位になかったことは前述のとおりであり、また、原告が、右信徒の地位にあることに伴って、被告教会との関係において法律上の関係を保持し、又は被告教会から経済的利益を得ていたことは、原告の主張しないところであり、本件全証拠によってもこれを認めるには足りない。
右によれば、原告と被告教会の間には、被告教会の信徒の地位という宗教上の地位の得喪に関する紛争があるにとどまり、裁判所が審理、判断の対象とすることのできる紛争は存しない。
二 原告は、被告教会の信徒の地位は、①宗教法人法及び本件規則が一定の重要事項に関し信徒に対する公告の必要性を規定していること(同法二三条、三四条一項、三五条三項、四四条二項、同規則三一条、三九条二項)、②本件規則が信徒に責任役員、仮代務者、代議員等の機関に関する選挙権、被選挙権を認めていること(同規則六条、九条、一〇条、一一条、一三条、一八条、二六条、)に基づき、被告教会の組織運営及び財産形成に関与する地位であり、法律上の地位に当たると主張する。
被告教会の信徒の地位に関し、宗教法人法及び本件規則の上で、原告の主張する規定が存することは、原告の主張するとおりである。
しかし、宗教法人法における「信徒その他の利害関係人」に対する公告の規定は、宗教法人の解散、被包括関係の設定また廃止に係わる規則変更等、団体としての存立に関わる問題について信徒に予め周知させるという趣旨を有するにとどまり、また、本件規則上、宗教法人の機関に対する選挙権及び被選挙権が信徒に認められている事実も、それだけでは、信徒の地位が被告教会における法律上の地位に当たるとする裏付けにはならないと解する外ない。
三 したがって、その余の点について判断するまでもなく、原告が被告教会の信徒の地位を有することの確認を請求する部分は、法律上の争訟性(裁判所法三条一項)を欠くもので、不適法として却下を免れない。
第二 本案について
一 本件離籍通知による不法行為の成否
1 本件離籍通知と違法性の判断の範囲
具体的な権利又は法律関係の判断が自律的法規範を有する団体とその構成員との間の当該構成員の団体内部における一定の地位をめぐる紛争を対象とするときは、そのような紛争は、本来、その団体の自律的解決に委ねられるべきであり、殊に、宗教法人については、憲法二〇条、宗教法人法一条二項が信教の自由を保証し、同法八五条一項が、裁判所に対し、宗教団体における信仰、規律、慣習等宗教上の事項に関する調停、干渉を否定し、宗教上の役職員の任免その他進退に対する勧告、誘導、干渉を禁じていることに鑑みると、その団体における自治ないし自律の結果を尊重することが要請される。
換言すれば、訴訟上の請求の当否を判断するための前提となる事実が宗教団体の教義、布教、宗教的儀式に関する事項、信徒に関する規律の維持、宗教的秩序に関する事項等に関わる場合には、裁判所は、原則として、当該宗教団体による決定の結果を尊重し、①当該決定の手続が著しく適正を欠いた場合、②決定が全く事実上の根拠に基づかない場合、③決定の内容が社会通念上著しく妥当性を欠き、裁量権の範囲を逸脱したと認められる場合を除いては、当該決定が適法なものであることを前提として判断しなければならないと解するのが相当である。
2 離籍と不法行為
離籍とは、被告教会が信徒に対してその地位を喪失させる意思の下にする決定で、その通知を受けた者は被告教会の信徒として取り扱われなくなり、教会総会における議決権や、責任役員、代議員の被選挙権等の被告教会の組織運営に関与する地位を失うとされていることが、被告大川従道本人尋問の結果により認められる。
離籍によって原告の法律上の地位に影響を受けるものでないことは、前記のとおりである。しかし、離籍の決定及びその通知により、所属する団体から構成員として扱わないと決定され、その事実が広く団体内に知られることは、当該構成員の団体内における評価を低下させる結果を招くものである。任意に加入した団体であっても、その内部における個々の構成員に対する評価は、法的保護に値する利益に当たり、違法にこれを低下させる行為は、不法行為となるものと解するのが相当である。
本件離籍通知は被告教会によってされたものであり、裁判所によるその違法性の判断には、前記のような制約がある。しかしながら、右制約の下でもなお、違法と判断しうるときは、本件離籍通知は、不法行為責任を生ぜしめる。
3 離籍の決定の能否等
原告は、本件規則中には信徒の離籍に関する規定も、これを決定しうる機関に関する規定も存せず、本件離籍通知は規定上の根拠を欠くと主張する。
宗教法人は、一定の宗教的活動を行う目的の下に組織され、構成員の変動に関わらず団体が存続する人的結合体であり、これに加入するのは個人の自由意思に基づくとともに、加入希望者を受け入れるかどうかは当該宗教法人の任意に決定しうるところである。そして、宗教法人は、当該法人の標榜する宗教的目的、活動を統一的に維持するため、構成員を含む内部を規律する権能を認められるべきことは前記のとおりであり、加入を認めた構成員に対してであっても、これを組織外に排除しなければ宗教的目的、活動を統一的に維持することができないなどの一定の場合には、構成員を組織外に排除する権能をも有するものと解するのが相当である。
被告教会の組織、構成等に関する事項を定めた本件規則によると、その一九条には、信徒とは役員会の承認を得て教会員名簿に記載された者であるとされ、被告教会においては、その役員会が被告教会の信徒の地位を付与しうるものと規定されているものの、被告教会の信徒の地位を喪失させること、及びこれを決定する権限を有する機関に関する規定は存しない。
しかしながら、被告教会において、本件規則により、その役員会が被告教会の信徒の地位を付与する権限を有することとの権衡上、また、条理上も、役員会が右信徒の地位の喪失をも決定しうるものと解するのが相当である。
4 原告の行為と本件離籍通知に至るまでの経緯
当事者間に争いのない事実に、<書証番号略>並びに原告及び被告大川従道各本人尋問の結果を総合すると、次の事実が認められる。
(一) 原告は、昭和五九年六月ころから、被告教会の礼拝に参加し、同年八月二六日、役員会の承認を受けて被告教会の信徒になった。そのころ、被告教会は教会堂の増改築工事を計画しており、原告は、これにも賛同し、同年七月、被告教会に教会債五〇〇万円を提供した。
(二) 被告教会は、当初、昭和六〇年二月増改築工事を開始し、同年八月には工事を完成する予定であったが、実際には、全く工事に着手せず、同年九月ころ、右計画の中止を発表した。原告は、そのころから、被告大川による被告教会の財政運営に疑念を抱き、教会債提供の理由が消滅したとして教会債五〇〇万円の返還を求めるとともに、教会堂の増改築工事計画を中止した合理的説明を要求する意図の下に同年九月分以降の月定献金を停止した。
(三) また、原告は、昭和六〇年春ころ、被告教会役員を題材にした「聖徒解迷簿」と題する文書を、同年九月二二日及び二五日、聖書の文言を題材とした「くうたら家族長」と題する文書を信徒に配布し、昭和六一年二月八日には、「御心にかなう祈りの部分(著者ゴットホルド・ベシック)」という本から四ページ複写して教理に関する文書を一〇〇部作成し、これを信徒に配布した。
「聖徒解迷簿」と題する文書は、その趣旨、内容を理解し難いところがあるが、「大川橋蔵め組の火消し 大川従道恵みの火つけ」という文章のように、被告教会の牧師、役員らの名前をもじり、駄洒落に取り込む短文を集めたものであり、「くうたら家族長」と題する文書は、聖書の文言を引用する部分を含む、駄洒落と語呂合わせの文章からなり、一部に被告大川による被告教会の財務の運営を風刺するかのような部分が見られるものの、原告が表現し、主張しようとする趣旨はもとより、文章自体も、文意の不明な部分の多いものである。右教理に関する文書の具体的内容は不明であるものの、大要は、キリスト教会で「異言」を否定する見解を述べた本のコピーである。
(四) 被告大川は、昭和六〇年一一月ころから同六一年三月ころまでの間渡米し、帰国後、原告の月定献金の停止及び教理文書の配布を知り、同年四月一九日、原告に対し、月定献金の停止及び教理文書の配布について注意し、月定献金を再開しないと離籍の可能性がある旨警告した。これに対し、原告は、被告大川が教会堂の増改築工事の中止及び渡米の理由を説明するならば月定献金を再開すると返答し、その際、被告教会が日本ホーリネス教団から離脱したことへの説明を求めるとともに、被告大川に対して発言(1)をし、同被告との会話の内容を記載した「収録『除名警告』」と題する文書を作成して、信徒に配布した。
(五) 被告教会は、同月二〇日、教会総会を開催し、その席で、被告大川は、総会代議員に対し、教会堂の増改築工事の中止の原因として、財政的窮状にあった請負業者に対し工事着工前に被告教会が融資した五〇〇〇万円が右業者の倒産により貸倒れになった、と発表した。原告は、被告大川の説明に納得せず、猶も貸倒金についての説明を求めるとともに、被告大川らによる従来の財政運営を追及する趣旨の文書を作成して、信徒に配布した。
(六) 被告大川は、昭和六一年五月四日の役員会で、原告を離籍させる動議を提出したが、責任役員の一人が反対し、再度、被告大川が原告の説得に当たることになった。そこで、被告大川は、同月一七日、原告に対し、月定献金の停止を続けるなら離籍されることを知らせたが、原告は、離籍も覚悟していると返答し、その際に、請負業者への融資等、被告教会の財務に関して追求するとともに、発言(2)をし、被告大川との会話を記載した「除籍勧告」と題する文書を作成して、信徒に配布した。
(七) 原告は、昭和六一年六月ころ、数名の信徒から、一人暮らしの未亡人の多賀某が、責任役員の妻に強制されて被告教会に一〇〇万円を献金したと聞き、同月八日、右多賀からも直接話を聞いて、被告教会における献金の集め方に疑問を抱き、同日、「M姉妹が受けた強制献金の概要」と題する文書を作成し、これを近所の信徒二名及び原告の母教会である馬橋キリスト教会の新井牧師に配布した。
右文書の内容は、責任役員の妻(文書中では「K姉」)が説教中に倒れた多賀某(文書中では「M姉」)を自宅に送った際、多賀の預金通帳を見たうえ、「Mさん見たぞ!献げられないか!」と言って献金を求め、以後も顔を見る度にまだかと催促し、多賀が一旦献金を拒否したことを知って「ボケちゃいないね!」と言い、その後多賀が被告教会に一〇〇万円献金したという経緯等を記載したもので、右文書は、前記責任役員の妻と多賀とのやり取りを具体的に記述し、同人の献金が、前記責任役員の妻の働きかけの結果されたもので、必ずしも多賀の任意によりされたものではないことを訴える意図の下に作成され、配布されたものと認められる。
(八) 被告大川は、原告の右文書の配布が被告教会の古くからの熱心な信徒で被告教会に貢献をしてきた責任役員の妻を一方的に中傷誹謗すると考え、同年六月一五日の日曜礼拝において本件各演説を行い、同日午後の役員会において、原告を離籍させるべき旨の動議を提出した。役員会は、責任役員七名、監事二名、教会役員二名の出席の下に、原告による右認定の各行為を考慮して、原告を離籍すると決定した。
(九) 原告は、本件演説の後も、請負業者に対する融資及び強制献金等に関して、被告大川を告発する夥しい数の文書を作成し、これを信徒らに配布し続けたうえ、被告大川自身に対しても、再三にわたり、前記五〇〇〇万円の融資が貸倒れとなるまでの詳細な経過の公表を要求したり、財務に関する話合いを求めたりした。さらに、原告は、昭和六一年一二月二八日、役員会に対し、財政運営に関する公開質問状を提出したが、役員会からは返答を受けず、前記のとおり、昭和六二年一月一三日、本件離籍通知を受けた。
5 離籍の理由とされた原告の行為の評価
(一) 牧師に対する中傷・非難について
原告の昭和六一年四月一九日の発言(1)及び同年五月一七日の発言(2)中の表現を検討すると、発言(1)には、被告教会の主任牧師である被告大川と日本ホーリネス教団との間の宗教的醜聞を攻撃する表現があり、発言(2)には、牧師の権威を認めないかのような表現(①⑤)、被告大川には宗教界の話が通じないと非難する表現(③④)、被告大川への不信感を露骨に示す表現(②)、被告大川の反駁を駄洒落で交ぜ返す等、相手を愚弄する表現(⑥)がある。
工事の着手前に、財政的窮状にある請負業者に五〇〇〇万円を支払い、当該業者の倒産のため、教会の増改築工事が中止のやむなきに至り、結局巨額の教会の資産を無益に帰したという被告教会の財政運営は、杜撰極まるものであり、支払を決定した責任者の重大な不始末である。信徒を含め、教会の存続に利害を有する者がこのような重大な不始末の追求を妨げられる理由はなく、原告が、巨額の金員が無益に帰したのは代表役員である被告大川の責任であると考え、同被告を追及する発言をしたことは、信徒として非難されるべきことではない。原告の離籍は、右行為のみを理由とするのであれば、およそ事由を欠くか、又は批判の対象とされた者の個人的な動機に基づく疑いのあるものとして、違法の評価を免れない。
しかしながら、そのような追及は、動機が正当であっても、措辞、方法が社会的に許容された限度を超えるものであってはならず、礼を失し、又は穏当を欠く方法によって批判、又は非難をすることまで容認されるものではない。
原告の前記発言及び原告が被告大川を追及する趣旨で作成し、配布した文書中の表現は、宗教団体の一信徒が自己の宗教的指導者である主任牧師に対するものとしては、礼を失するか、又は穏当を欠くもので、措辞、方法において社会的に許容される限度を超える。したがって、右行為は、被告教会の内部における宗教的秩序を乱すものとして、制裁の対象となると認められる。
(二) 原告による昭和六〇年九月以降の月定献金の停止について見るに、プロテスタント教会においては、献金が所属する信徒の義務(その性質はしばらく措く。)であるとしても、被告において月定献金をしない信徒の数は少なくないにもかかわらず、月定献金をしないことだけを理由として離籍された者がいないこと(<書証番号略>)、原告は被告教会において巨額の金員が無益に帰した経緯に疑問を抱いて献金をしなくなったこと、その顛末について説明がされれば再び献金をする意思があることを明らかにしていた事実を考慮すると、右事実は、離籍の事由とすることはできないというべきである。
(三) 原告による前記献金の強制を批判、非難する趣旨の文書の配布は、当該文書において具体的な言動を引用された信徒がなんらかの法的手段を採る場合は格別、それだけでは、批判、非難の対象とされていない被告教会が原告を離籍する理由にはなり得ない。もっとも、右文書は、内容から、信徒が献金を強制する行動をしたとして、被告教会あるいは被告大川の献金の強制を是認する姿勢を批判する意図の下に作成され、配布されたものと認められる。その意味で、右文書による批判は、被告教会にも向けられていると解しうるものの、教会の財政的維持を巡る事項に関する以上、信徒による批判は妨げられず、措辞、方法が社会的に許容された限度を超えるものでない限り、その配布は、離籍等の不利益を信徒に課す事由とすることはできない。
右文書は、前記のとおり、信徒が他の信徒に執拗に献金を迫ったとしてその経緯を具体的に描写し、献金に至る経緯が尋常でないことを明らかにする意図の下に作成されたことが窺える。しかし、文書の表題となっている「献金の強制」について、被告教会の機関又は被告大川がなんらかの役割を果したことを指摘したり、ほのめかしたりするものとは認められず、被告大川の具体的行動に言及した部分の措辞、表現が礼を失し穏当を欠くとも認められないから、このような文書の配布は、被告教会が原告を離籍する事由とすることはできない。
(四) 被告教会の牧師、役員らを題材とする短文を記載した文書は、前記認定のとおり、ユーモアとは無縁の駄洒落、語呂合わせからなり、文意も明らかでない部分が多い。右文書が、題材とされた牧師、役員らにとって、不愉快で、気障りなものであることは容易に推認され、また、牧師の名前等をユーモアとは無縁の駄洒落、語呂合わせの対象として弄ぶ内容の文書を作成して信徒に配布することは、宗教法人である被告教会における厳粛な雰囲気の保持等の宗教的秩序を害するものと認められ、これを理由として、原告に対して不利益を課すことは、許されるものと解すべきである。
(五) 原告の配布した教理に関する文書の内容は、前記のとおり、その具体的内容が不明で、これを離籍の理由としうるかどうか、判断の資料に欠ける。
(六) 以上のとおり、原告による前記発言(1)及び(2)とその内容を記載した文書の配布は、その動機においては信徒として当然の関心事を扱うものであるが、主任牧師である被告大川に対する発言内容としては、礼を失し、穏当を欠くものとして社会的に許容された限度を超え、原告による被告教会の牧師、役員等の名前を取り込んだ駄洒落、語呂合わせを記載した文書の配布は、宗教法人である被告教会における厳粛な雰囲気の保持等の宗教的秩序を害するものであり、これに対しては、被告教会は、当該教会内部における秩序罰を課すことが許される場合に当たると解するのが相当である。そして、原告の前記発言の相手及び駄洒落、語呂合わせの題材が被告教会において宗教的な指導をする被告大川(後者については、役員も題材である。)であり、原告の発言等には被告大川の被告教会における宗教的権威をおよそ認めないかのようなところも看取されるのであり、原告の発言等の発端が被告教会における巨額の資産の行方の解明等の正当な目的にあったことを考慮しても、被告教会において、もはや、原告を被告教会の信徒としては受け入れ難いと判断して離籍すべきものと決定したことは、その手続が著しく適正を欠き、決定が全く事実上の根拠に基づかず、又は、決定の内容が社会通念上著しく妥当性を欠き、裁量権を逸脱したと認められる場合には当たらず、右決定を違法なものとすることはできないというべきである。
よって、原告に対する離籍の決定及びその通知が不法行為に当たることを理由とする原告の請求は、その余の点について検討するまでもなく、理由がなく、失当である。
二 被告大川の礼拝中の言動による不法行為について
1 被告大川が本件各演説をしたこと(請求原因3(一)の事実)は、いずれも当事者間に争いがない。
2 民法七二三条にいう名誉とは、人がその品性、特業、名声、信用等について社会から受ける客観的評価をいい、これを低下させる行為が名誉毀損に当たる。
内容から判断すると、本件各演説は、原告が献金の強制が行われたことを非難する趣旨の文書を作成し、これを信徒及び新井牧師に配布したことを批判する意図の下にされたものと認められる。しかしながら、本件各演説の内容を仔細に見ても、原告が教会内において受ける社会的評価に影響を及ぼすような具体的事実を摘示する部分は見当たらず、本件各演説は、原告による右文書の配布を批判し、非難する趣旨の被告大川の意見を表明したのにとどまるものと認められる。
よって、本件各演説が原告の名誉を毀損することを前提とする原告の主張は、その余の点についてみるまでもなく、理由がない。
3 原告の主張は、また、本件各演説が人の名誉感情を侵害する侮辱として不法行為を構成するとの趣旨をも含むと解されないではない。
確かに、日曜礼拝においてされた本件各演説中には、原告の実名を挙げて文書を配布したことについて言及した上で、「サタンていうのは巧妙でしてね。」「特別に覚えて祈って下さい。」(第一演説)、「私は兄弟(原告)のために祈りが必要だと思う。」(第二演説)、「兄弟を本当に未信者だってそんなしようもない事をしました。」「しかし兄弟のために誰か一生懸命祈らなければならない。」「悪魔のやつはもう必死になって抵抗するんであります。誰それが悪魔だってそんな言い方してはいけませんよ。」(第三演説)「甲野兄弟のために主の憐れを必要としています。兄弟の奥さんと子供達に主の助けを必要としています。」(第四演説)等の表現があり、原告の右行動に関し、原告を「サタン」、「悪魔」になぞらえたかのように受け取れる部分や、原告が「未信者」でもしない愚かな行為をしたとして非難するかのように受け取れる部分が存する。
本件各演説は、日曜礼拝という多数の参集する場で原告の実名を挙げて言及した点において配慮に欠けるところがないではないが、説教というものの性格からすると、原告の前記行動が原告の意思に基づいてされたというよりは、悪魔に撹乱された結果された誤ったものであるとの被告大川の見解の下に、原告を正しく導くために、参集した信徒に対して原告のために祈るよう求めるという趣旨でされたものと認められる。このように、本件各演説が牧師である被告大川の重要な宗教的活動の一つである説教の中でされたことをも考慮すると、日曜礼拝に参加していた一般信徒の理解を前提としても、また、本件各演説の内容を客観的に見ても、本件各演説は、名誉感情を侵害するものにも当たらないというべきである。この点に関する原告の主張も、理由がないという外ない。
第三 結論
以上の次第で、本件請求のうち、原告の信徒の地位確認の訴は不適法であるからこれを却下し、その余の部分は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 江見弘武 裁判官 羽田弘 裁判官 横田麻子)
別紙 演説目録
(一) 第一演説
「私はこの教会の甲野兄弟のことで非常に苦しんでこの数か月を過ごしてきました。で、彼のお陰で随分反省もし、教えられもしました。でも、今回弱い教会員を誹謗するような文書を流して、私は大変心を痛めて、牧者としては教会員を守らなければならない、許しがたい内容であると思っております。」「サタンというのは巧妙でしてね。正しいと思えるような出来事であっても、それを利用して上手に盛り組み込んでそして教会を乱したり、力のない教会にしてしまいますから、特別に覚えて祈って下さい。お願いします。」
(二) 第二演説
「今日は甲野兄弟がここに見えていらっしゃいますが、私は兄弟が一生懸命熱心であることを知っています、そして、兄弟のいろいろな出来事のために私は随分勉強しました。そして、反省もしました。悔い改めしたこともあります。しかし、私は本当に苦しんできました。それも確かなことです。」「先週はちょっと考えられないようなことをプリントして、他の教会の牧師にもそれが行きました。」「兄弟が来ていることを意識して、第一礼拝も申し上げましたが、第三礼拝も同じように言葉を申し上げるつもりであります。私は兄弟のために祈りが必要だと思う。」
(三) 第三演説
「具体的に名前を上げたほうがいいので上げますけれども、甲野兄弟という方がここにいらっしゃいます。」「私のことを随分強く言ってきました。」「しかし最近ですね。この教会員のある人を非難する文書を書いてあちらこちらに出しました。そして他の教会にもそれを流しました。私はこれはいけないことだと思っています。」「兄弟を本当に未信徒だってそんなしようもないことをしました。皆さんにその内容を話したらびっくりするような内容でありますが、いけない事はいけないんであります。しかし、兄弟のために誰か一生懸命祈らないといけない。で、正直言いまして私はこの事のため、随分、数か月、もっと長い間苦しんで参りました。」「申し上げたいことは教会が今、ものすごく恵まれている時なんです。」「そういうときにはですね。悪魔の奴はもう必死になって抵抗するんであります。誰それが悪魔だってそんな言い方してはいけませんよ。そうじゃなくて悪魔はいろんな知恵を使ってすばらしく恵まれている教会を攻撃して混乱に至らせることだけは明確であります。それでね、みなさん、一緒にサタンに殴られないように恵みの充満の中に生きましょう。」
(四) 第四演説
「甲野兄弟のために主の憐れを必要としています。兄弟の奥さんと子供達に主の助けを必要としています。そのことに賛同する者たちにも主の憐れみを必要としています。」
別紙 謝罪広告目録<省略>